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大泉町の歴史

旧石器時代(今から約1万2千年前よりも古い時代) 御正作、仙石、間之原、古海などで、この時代に属する遺跡が発見される。
縄文時代(今から約1万2千年前から約2千3百年頃) 間之原、仙石、寄木戸で、この時代の住居址が発見され、仙石や間之原の遺跡では、この時代の土器や石器が多量に発掘される。
4世紀半ば 古海松塚古墳が造られる。
5世紀末から6世紀初頭 古海原前1号古墳が造られる。
6世紀から7世紀
仙石、古海、古氷、寄木戸に古墳が盛んに造られる。
1185年(文治元年) 佐貫広綱、佐貫庄の地頭となる。
1294年(永仁2年) 阿弥陀三尊板碑(あみださんぞんいたび)が造られる。
1371年(応安4年) 南朝方の児島高徳、佐貫庄古海郷に隠れ住むと伝う。
1382年(永徳2年) 児島高徳、古海郷に死すと伝う。
1489年(延徳元年) 富岡直光小泉城を築く。富岡直光により、社殿が再建される。(小泉神社)
1590年(天正18年) 小泉城、豊臣秀吉の家臣浅野長政・前田孫四郎等に攻められ、降伏。城が明け渡される。
1661年(寛文元年) 徳川綱吉、館林城主となり、大泉町域の大部分は館林藩領となる。
1682年(天和2年) 大泉町域の館林藩領は、旗本知行領に分割される。
1716年から1735年(享保年間) 十能の製造法に桟瓦の製造法を加え小泉瓦(十能瓦)を産出する。
1737年(元文2年)  古海村から善ヶ島村利根川渡船始まる。
1783年(天明3年)  浅間火山大爆発。火山灰により作物大被害あり。
1800年(寛政12年) 小泉城跡の大手門橋の傍らに百庚申塔建立される。
1844年(弘化元年) 寺子屋自省堂、小泉堂開業する。
1854年(嘉永7年) 嘉永元年に起工された小泉神社本殿彫刻が完成する。
1868年(明治元年) 大泉町域の各村、岩鼻県の管轄となる。(6月17日)
1869年(明治2年) 大泉町域の各村、館林藩の管轄になる。(1月)
1871年(明治4年) 廃藩置県により、大泉町域の各村、館林県の管轄となる。(7月14日)
大泉町域の各村、栃木県の管轄となる。(10月28日)
1876年(明治9年) 大泉町域の各村、群馬県の管轄となる。(9月9日)
1889年(明治22年) 町村制施行。小泉村・大川村成立。
1902年(明治35年) 小泉村、町制を施行して、小泉町となる。(7月25日)
1912年(明治45年) 大泉高校の前身の群馬県立館林農業学校開校する。
1917年(大正 6年) 中原鉄道開業。 小泉-館林間10.7キロメートル、1日5往復。
1922年(大正11年) 中原鉄道株式会社、上州鉄道株式会社と社名変更。
1924年(大正13年) 中平四郎、作品名「読売」が日本美術院展に初入選する。
1936年(昭和11年) 上州鉄道、東武鉄道へ売却される。
1938年(昭和13年) 中島飛行機(株)小泉製作所地鎮祭挙行。
1939年(昭和14年) 東武鉄道仙石河岸線開通。(小泉町-仙石河岸・4キロメートル貨物専用線)
1940年(昭和15年) 中島飛行機(株)小泉製作所は正式に太田製作所から分離し、独立工場となる。
1941年(昭和16年) 太田・小泉飛行場完成。東武小泉線の西小泉駅が新設される。東武鉄道小泉-太田間営業開始。
1942年(昭和17年) 中島飛行機(株)小泉製作所の開所式、完成式典が挙行される。
1944年(昭和19年) 「連山」の試作第1号が中島飛行機(株)小泉製作所で完成する。
1945年(昭和20年) 米軍機B29による大空襲。(4月4日)
旧中島飛行場小泉製作所に米軍が進駐。「キャンプドルウ」となる。
1947年(昭和22年) カスリン台風による水害が発生。
1957年(昭和32年) 大川村と小泉町が合併し、大泉町となる。
1959年(昭和34年) キャンプドルウが返還される。
1961年(昭和36年) 東京三洋電機(株)の開所式が行われる
町の紋章が決まる。
1962年(昭和37年) 交通安全都市を宣言する。
1963年(昭和38年) 人口が2万人を突破する。
1966年(昭和41年) 町営水道給水が開始される。
1969年(昭和44年) 太田・大泉飛行場が日本へ返還される。
1970年(昭和45年) 大利根工業団地が完成する。
1973年(昭和48年) 大泉町公民館が完成する。
第1回大泉まつりが行われる。
1974年(昭和49年) 現大泉町役場庁舎が完成する。
1975年(昭和50年) 老人福祉センターが完成する。
1976年(昭和51年) 旧町役場庁舎を改築して、大泉町図書館が開館する。
1977年(昭和52年) 大泉町発足20周年にあたり、大泉町民憲章が制定される。
人口が3万人を突破する。
1979年(昭和54年) 小泉城跡など5件が町の指定文化財となる。
1980年(昭和55年) いずみ総合公園町民体育館が完成。
町民体育館完成を機にスポーツ都市を宣言する。
1981年(昭和56年) 全国高校総体女子バレーボール競技が開催される。
1982年(昭和57年) 町発足25周記念で町の木・町の花が決まる。
水と緑のプロムナード「いずみ緑道」が全区間開通する。
1983年(昭和58年) 第38回国民体育大会が開催される。大泉町は、少年女子バレーボールの会場となる。
「小泉神社本殿及び彫刻」など4件が町の指定文化財となる。
1984年(昭和59年) 吉田西里神楽が町の指定文化財となる。
1985年(昭和60年) 古海原前1号古墳から銅鏡・直刀等が発掘される。
1987年(昭和62年) 町発足30周年記念で町の歌を制定する。
文化都市を宣言する。
ハナミズキ通りが日本の道100選に入選する。
1988年(昭和63年) 古海原前1号古墳が県の指定文化財となる。
1989年(平成元年) 大泉町文化むら大ホール棟オープンする。
1991年(平成3年) 人口が4万人を突破する。
文化むら展示ホール棟が完成し、大泉町文化むらの全施設がオープンする。
1992年(平成4年) いずみ総合公園町民野球場が完成。
1994年(平成6年) 人権尊重と福祉の町宣言。
いずみ緑道が新・日本街路樹100景に選ばれる。
1996年(平成8年) 第9回全国スポーツ・レクリエーション祭ソフトバレーボール大会開催。
1998年(平成10年) 大泉町行政情報番組「みみよりOIZUMI」をFM放送開始。
1999年(平成11年) 広域公共バス「あおぞら」の運行開始。
2001年(平成13年) いずみの杜オープン
国民文化祭・ぐんま2001のマンドリン・フェスティバル開催。
2004年(平成16年) ねんりんピックぐんまでソフトバレーボール交流大会開催。
2006年(平成18年) 東小泉駅前安全センターがオープン。
西小泉駅前交番が再開される。
2007年(平成19年) 大泉町多文化共生センター開所。
2008年(平成20年) 第45回ラグビー日本選手権で三洋電機ワイルドナイツ優勝。
古海松塚11号古墳出土品一括が県の指定文化財となる。
ブラジル移住100周年で天皇・皇后両陛下ご来町。
東毛広域幹線道路・大泉工区開通。
2009年(平成21年) 大泉町保健福祉総合センター完成。

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